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g_song's blog

備忘録的な。@g_song2

リハビリ

すごく久しぶりに文章らしい文章を書いた気がする。
といってもこれで本当に文章らしいといえるのかどうかは微妙ですが、こんな程度の内容で原稿用紙6枚分ぐらいになってしまったあたりちょっと冗長な書き方になっているかもしれない。
オチてるかどうかもまあどうなんですかね、っていうレベル。

なお実話ではないです。


 何かが横を通り過ぎていった。携帯から顔をあげてそれが人であることを確認する。確か先週もこのぐらいの時間に、僕の横を抜けて行ったはずだ。少し浅黒い脚と、それを鮮明にする白いTシャツのコントラストは、健康的でありながらどこか扇情的に見える。小柄な少女はだんだんと遠ざかり、やがてどこかの角を曲がって見えなくなった。僕は携帯に視線を戻し、中身のないSNSの表示を更新した。
 途中にあるスーパーに立ち寄り、簡単なつまみと健康への配慮にもならない程度の野菜を買う。明日は大学もない。酒でも飲んで適当に時間を潰さなければ、長い夜を越せそうもなかった。
 スーパーを出ると、前の通りをさきほどの少女が駆け抜けて行った。どこかで折り返して来たのだろう。SNSの最終更新時間は15分前になっていた。あの子はこの15分間で果たしてどこまで行って帰ってきたのだろうか。僕を追い越すまえに、そしてこれからどれぐらい走るのか、日頃まるで運動しない僕には見当もつかなかった。
 家の鍵を開け、玄関の明かりをつける。冷蔵庫にはいつ買ったのか分からない野菜が溜め込まれており、トマトなんて二袋もあった。しかも、今買ってきた中にもある。食べられるものを選別するのも億劫になり、発泡酒を一缶取り出して一口すする。飲む度にさほどうまくないと思い、それで充分だとも思う。ビニール袋を床においたまま冷蔵庫を閉じて、テレビをつける。まだ夕方のワイドショーも終わっておらず、どこか遠くの商店街の安売りスーパーをレポーターが力強く紹介していた。音量を少し下げ、カーテンの開いた窓に目をやる。外はすっかり暗くなっている。さきほどの少女の脚ははっきりと見えたから、この30分ぐらいで急に日が暮れたようだ。秋は、深まるどころか既に通りすぎてしまっているのかもしれない。
 遮光カーテンをしっかりと閉じてしまえば、時計を見なければほとんど一日中同じ明るさになる。社会とのつながりはテレビとインターネットぐらいになり、その吹けば飛ぶようなつながりも今日の僕にはどこか煩わしかった。手に持った発泡酒をもう一口すする。二口目の発泡酒は僕の体温で既にぬるくなっていた。
 僕があの少女ぐらいの年齢のころは、こんな時間から酒を飲むような人間を軽蔑していただろう、きっと。


 体を起こすと、その揺れが少し頭に響いた。テーブルの上は空き缶が5つと半分がた空いたウィスキーに占められていたから、昨日はそれなりに飲んでしまったのだろう。一人で飲むとどうしても歯止めが効かない。もっとも、人と飲むことなんてほとんどないのだけれど。
 トイレで用をすませ、携帯の画面をつける。午前5時半をちょうど回ったところで、朝の寒さが窓もカーテンも閉じきった部屋に侵食していた。まだ自分の体温の残る毛布を羽織り、カーテンを開けてみる。日はまだ登っていないが、白い明るさが街を包んでいる。
 ーーまだ酔っていたのだろう。パジャマの上からジャケットを羽織り、脱いでそのまま床に放置していた靴下を履く。歩いて3分もしないところにコンビニがある。朝食用におにぎりでも買いにいき、帰ってまた寝直せばいいだろう。
 外の空気は想像よりも冷えて、かすかに吹く風はジャケットの中には入り込んで僕の熱量を奪っていく。ゆっくり吐く息は白く染まり、すぐに風で流れて消えて行った。外は車もほとんどなく、それでもどこか遠くのエンジン音が響いていた。
 コンビニの手前まで来て、前方から来る何かに気がついた。青いジャージを着たその姿は普段とは違ったが、直感で昨日の少女だと感じた。安定したリズムとしっかりした足取りで、だんだんと近づいてくる。
「おはようございます」
 僕の視線に気がついたのか、彼女はそういって軽く会釈し、すれ違った。とっさのことに返事もできず、少し遅れて振り返る。少女の姿は予想していたよりもはるかに小さくなっていた。
 少女が着ていたジャージはすぐ近くの高校のものだった。小柄な体型からは、せいぜい中学生、もしかしたら小学生かとも思っていた。たまに見るTシャツ短パン姿も未成熟なものだったが、長距離選手特有のものなのかもしれない。
 挨拶を買えせなかったのが急に惜しくなってきて、一つ咳払いをする。昨日誰とも喋っていないためか単に酒の飲みすぎか、さらに二回の咳払いをしてようやく声が出た。
 コンビニで暖かい缶コーヒーと、おにぎりを一つ買う。細かいお金があるかと思ったが一円足りず、五千円札を出す。店員の確認に無言で小さく頷き、おつりとレシートを受け取ってポケットに入れて外に出る。小銭が歩く度になるが、気にせず通りに出て、先ほど少女とすれ違ったところで立ち止まり、ビニール袋の中から缶コーヒーを取り出してポケットに入れて握り締める。少女が消えて行った方を見て、深呼吸する。日はまだ昇っていないが、もうまもなくだろう。それでも気温はまだまだ上がらず、大きく深呼吸した息は真っ白に染まった。
 咳払いを、もう一つ。頭の重さは、まだ抜けきれていない。昨日、歯は磨いたっけ?もうすでに折り返し、通り過ぎていってしまっただろうか。このコーヒーを渡すのはさすがにやりすぎか?まだまだ走るのかもしれないし荷物になっても迷惑だろう。
 遠くに小さな影が見えた。さらに三回、咳払いをする。声はちゃんと出るだろうか。やっぱり店員で練習すべきだっただろうか。これでダメなら、明日から早起きでもしてみよう。
 まだ距離はだいぶあったが、近づいてくる青いジャージに小さく会釈し、出てもいないツバを飲み込む。
 僕は顔で可能な限り自然な体を装い、ポケットの中の缶コーヒーをさらに強く握り締めた。