g_song's blog

備忘録的な。@g_song2

呪いとか奇跡とか

ラノベ
定義はどうなっているのか分からないですが、僕の中ではあまりジュブナイル小説と変わらないです。
大体主人公が高校生ぐらいで、一人称で、心情を地の文でべらべら語ったり女の子といちゃついたりそれでいて鈍感だったりする感じのイメージ。


一応今日がなんかミラクルムーンとかいうものらしいので時事ネタ的に使ったけど結局どういうものかよくわかっていないです。



「月が綺麗ですね」
 彼女は突然足を止めて、そんなことを言った。ドキッとする言葉だが、視線の先には半分がた雲に隠れた月が見えている。
「そうだね、なんか今日はミラクルムーンとかいうらしいよ」
「どうミラクルなんですか?」
「……さあ?」
 それで会話は途切れた。僕が歩き出すと、彼女も再び歩き出す。学校から駅まで、学校案内のパンフレットでは七分、実際には十分前後かかる。学校の最寄り駅はもう一つあり、そちらはパンフレットの記載どおり五分ほどの距離だ。遠いほうの駅を使うノのは、うちの部活では二年の僕と一年の彼女だけだった。
「月の動きとか星の動きって、基本的に計算で出せますよね。理論的には、多分何百年先でも」
 理系らしい、淡々とした調子で彼女は言った。
「まあそうだろうね」
「どこにミラクルがあるんでしょうね」
 横断歩道にさしかかったが、ちょうど青が点滅をはじめた。走れば間に合いそうではあるが、彼女の手前、歩みを止める。視線をあげると、月は完全に隠れてしまっていた。目だけで横を見ると、彼女もまた空を見上げていた。ヘッドライトに照らされたその横顔はどこか寂しげに映った。
「なんですか?」
 視線に気がついたらしく、彼女は眉間にシワを寄せて僕を見た。目が合ったことに動揺して、軽く咳払いをする。
「さっきのだけど、たしか百何十年かに一度しか見られないとかなんだよ、今日の月」
「はあ」
「そういう、下手すれば一生に一度も見られないかもしれない月を生きて見られるから、ミラクルなんじゃないかな」
「はあ」
 目の前を大きなトラックが通り過ぎたせいで、最後の返事はほとんど聞こえなかった。
 信号が青に変わり、僕等は再び歩き始める。この時間なら、そうあせらなくても急行に間に合うだろう。同じ方向だが、彼女の家は急行で三駅、僕の家の最寄り駅はその次の駅で各駅停車で乗り換えてもう一駅だ。
 彼女が入部して半年、部活が終わった帰りの電車に一緒に乗るようになってやはり半年になる。会話が全くないことはないが、やはりどこか緊張してしまう。そもそも女子が他にいないうちの部活で、彼女の存在はどこか持て余し気味だったし、どう扱うのが正しいのかもよく分からないまま、秋も終わろうとしていた。
「ミラクルムーンってなんかセーラームーンとかに出てきそうだよね」
 会話の糸口を探しあぐねて、苦し紛れにそんな言葉が口から出てきた。
セーラームーン詳しいんですか?」
「いや全然」
 じゃあなぜ言った、と自分で突っ込みたくなるレベルだ。どうして後輩にこんなに緊張して言葉を選ばなければならないのか自分でもさっぱり分からない。他の部員がいるときは軽口の一つも叩けるのだが、二人きりになるとどうしても弱くなってしまう。クラスの女子ともそんなに積極的に話す方じゃないし、そもそも今の部活に入ったのだって、部員が男だけで気楽そうに見えたからだ。
 大体、日が暮れるのが早くなったにせよ、高校生が夕方に駅まで一人で行けないはずがない。彼女が入部した当初、部長に送るように言われたとは言え、彼女も彼女で律儀に従わなくても良さそうなものだ。普段から冷静で僕よりもはるかに理屈の通った彼女が、夜道をいたずらに怖がるとも思えない。
「月、なかなか出ませんね」
「あー……そういえば台風も来ているんだっけ」
 時折吹く風は、すでに冬の気配を漂わせているというのに。
「月といえば」
 そこを皮切りに、なんとか強引に話を続けることにする。月面探査船の都市伝説を一通り話し終えたところで、ようやく駅にたどり着いた。彼女も大して興味はなかっただろうが、話題が途切れなかっただけマシだ。
 改札をくぐり、ホームに着く。急行到着まで、あと三分。
「ぷしゅん!」
 横の彼女がくしゃみをした。顔を手で覆い、すこしうつむいてしまう。
「ティッシュいる?」
「大丈夫です、すいません」
「いや別に謝ることは」
 そこで彼女の方が風上に立っていたことに気がついた。彼女の風上に移動すると、思ったよりも風が骨身に来る。気がつかなかったとはいえ、後輩の女子を風除けにしていたなんて、こちらのほうが謝るべき話だ。しかし、謝ると今度は自分が風上に立ったことを強調しているようにも思える。さてどうしたものかと思うと、また風が吹いた。そこでようやく雲の流れも早くなっていたことに気がついた。
「お、月見えた」
 彼女はまだ鼻のあたりを覆っていたが、顔は上を向いた。寒さのためか恥ずかしさからか、すこし顔が赤いように見える。
「月、綺麗だね」
 どこかの文豪がこの言葉に妙な呪いをかけたのは知っているが、やはり満月を見ると自然にその言葉が出る。ミラクルかどうかは知らないが、雲の隙間からその姿を出した月は美しかった。その模様にうさぎを見出せたことはないけれど。
 返事がないので視線を下げて彼女を見ると、まだ顔を隠したままだった。いや、さっきと違い、耳まで赤くなってこっちを見ている。せっかく月が出たのに。
 僕の視線に、彼女はどこか慌てて再び顔をあげた。
「き、綺麗ですね、月」
 ついさっき僕が言ったばかりだし、大体、彼女が最初に言った言葉だ。
「そうだねぇ」
 そう返してまた空を仰ぐが、月は隠れてしまっていた。いや、たった今隠れたという感じではなく、空は一面重たい雲に覆われている。おそらくは僕が目を離してすぐ、少なくとも十秒は経っていそうだった。
 彼女はまた視線を地面に落として、今度は顔全体を鞄で隠していた。僕に対して、というには小さすぎる声で、
「すいませんなんでもないですすいません」
 と繰り返している。
 顔が熱くなり始めたその時、ちょうど電車が入ってきた。強い風は火照りはじめた顔を冷ますには足りず、むしろ熱さを実感させるばかりだった。八両編成の六両目が僕等の定位置だ。夕方のこの時間は降りる客もほとんどない。
「の、乗るか」
 彼女はうつむいたまま無言で頷き、僕のあとについて電車に乗る。発車ベルが能天気なメロディーを奏でて、ドアが閉じた。僕は今閉じたのと反対側のドアに寄りかかるようにして立ち、彼女はどこにも掴まらず鞄を抱きしめてうつむいている。
 窓の外の空はすっかり曇っていて、月がどこにあるのかわかりそうにない。耳まで真っ赤な彼女が電車を降りるまで、残された時間は15分。奇跡も呪いも尽きた今、僕は自分の言葉を彼女に伝えなくてはならないのだった。